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 武田信玄の四男 側室 信玄により滅ぼされた 諏訪頼重の娘が母
 信玄が 無き諏訪家の 家督を継がせ 高遠城主となる。

 勝頼は四男であったが 長男は信玄との意見対立から自害
 その他の男性は 病弱等で 武田家の家督は 信玄死後 勝頼に。

 信玄死後 一時弱体した 武田家を盛り立て 信玄にも落とせなかった
 高天神城を落とす。
 長篠の戦いでは、信長の著略及び鉄砲の威力に 武田騎馬軍団壊滅

 逃げ帰った勝頼 再起をかけて 家臣団をまとめ 今まで城などを作った
 事がない 武田家が 韮崎に新府城を築城

 完成間際に 小田 徳川軍に攻められ 穴山梅雪・木曾義昌の寝返り
 より 新府城を焼き 小山田信茂の進めにより岩殿城を目指して落ち延びる

 これも 裏切りで 一時は二万人近くいた 家来は 岩殿城目指した途中
 天目山 景徳院付近では 50名近くに減っていた。

 勝頼もここまでと、北条婦人 19歳 小田信長の養子娘と勝頼の間に
 生まれた嫡男 16歳 信勝公と 自害する。

 八幡太郎義家の弟である新羅三郎義光から 始まる 甲斐源氏 武田家が
 終わる。

 辞世の句

 勝頼

 おぼろなる月もほのかに雲かすみはれて行くの西のやまのは

 北条夫人
 
 黒髪のみだれたる世ぞ果てしなき思に消ゆる露の玉の緒

 信勝

 あだに見よ誰も嵐の桜花咲き散るほどの春の夜の夢


景徳院 山門 没頭地蔵尊 首がない三人を埋めた所。


三人の自害岩
勝頼公  北条夫人  信勝公 


勝頼公 北条夫人 信勝公の墓